発明の女王様2

はつめいひんをつくって、しあわせになりたいとおもっている、ちょっぴりコアな生きものです

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師匠に出会いたいと思ったりもします

「エデンの戦士」 田中光二原作・真崎 守著 第2巻より

エデンの戦士1

古い古いマンガの中に、偉大な師匠が描かれています。
師匠には名前がありません。「じさま」と呼ばれていました。


エデンの戦士6


この「じさま」が現代風にいうとタオイストな「じさま」で、宗教者・科学者・哲学者的でもあります。
長い時間を、疑問を解くために旅してきた「じさま」は、タイムカプセルから目覚めたばかりの「タケル」に出会い、生きるということを言葉少なに語ります。


エデンの戦士3



若者のタケルは気が早く、熱血的で感情的
それを「矯める」かのように、教えを説いていく
採れた魚をタケルが料理しようとするその瞬間に
「殺すな」
と、まるで禅問答のような言葉を投げかける「じさま」

魚を「殺さず」に食べる方法

しばらくの葛藤の後タケルはその答えを見つけだします。

エデンの戦士2



エデンの戦士4

このあと、「じさま」は何故自分が旅に出たのかを語り始めます。

環境破壊が進み、キメラとサイボーグと機械だけになった世界に目覚めさせられた「ヒト」の物語り

わたしが始めて触れた「タオイスト」がでてくる物語りかもしれません。


エデンの戦士7





若い頃には、このような知識の塊のような万能の師匠がいると信じていました。


そののちわたしも自分の人生という旅をして、何人かの「師匠」に出会いました。
面白いことに、実際にその人の近くにいるときには人生の「師匠」なんてことは微塵も気が付かずに
反発したり、疑問を懐いたりしていました。

でも時間が経ち、思い返すと
『ああ、あのめちゃくちゃなヒトが、偉大な師匠の一人だったんだな』
って、思うことがよくあります。

そして「師匠」というのは、自分より年上だと決まっているわけでもなく、また、人間だけだと決まっているわけでもありません。


エデンの戦士「タケル」がたまたま出合った優秀な師匠の「じさま」は
多くを語らず、タケルが自分で答えを見つけ出せるように上手に誘導していきます。



『話の出来る師匠に会いたい・・・』
そう思っています。

人生の疑問に対する答えを、さらりと導いてくれるような
そんな偉大な師匠に出会いたいと思ってきました。

実際に出会う師匠というのは、
万華鏡の中の絵のような
フラクタルな図形の中にいます。

一人ひとりのフラクタルの中に住まう師匠を見つけ出し、問うてみること
それが実際の、優秀な「師匠」なのかもしれません。

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コメント


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ほんとに

ほんとに、そうよね。
私も、今まで、良い師匠に恵まれてきました。

でも、どの師匠も、特定の分野での生き方をその人の経験によって教えてくれていたので、あるものは納得がいき、あるものは、私とは立場が違うため、了承できないという感じでした。

結局今は、細かなそれぞれの事項に関する先輩的なものはいるけれど、総合的に、私と似通った立場を経験してきた師匠という感じの人はおりません。

様々な悪条件の中、人生で始めて、自分の人生の先頭に立たされているんだな、と感じます。

親が歳をとって頼れなくなったり、子供の親になったり、お金がなくなったり、頼れる人がいなくなったりして、初めて目が覚めるんでしょうかね。

ところで、FC2ブログを試してみました。結構簡単そう。
欲を出して、ホームページも、とおもったら、やっぱりつまずいた。 ゆっくりですが、アドビのGOLIVEをお勉強はじめてみます。

だいちゃんのまま | URL | 2008-10-15(Wed)22:44 [編集]

難しい話

掌(たなごころ)という言葉があります。
人は、知識にしろ、食べ物にしろ、自分の好きなものしか取り込んでこない。だから知識も性格も、年を経るに従ってますます他人とはなれていく。それを掌というのだそうです。合掌とは、そういう個々の人たちが思いを合わせることだ・・・と、法隆寺の官長が言ってました。
師匠とは・・やっぱり性格が合わん人は無理かもなぁ。

師匠とは本来、たくさんの転生をしてきた古い魂の人なんでしょうけど、そういう人もこのコンピュータの時代では、知識が追い付かなくて苦労してるかもしれませんね。

意外とコンピュータ初心者が師匠だったりして・・なんてことはないか・・。


ばんたろ | URL | 2008-10-16(Thu)00:47 [編集]

自分の人生の先頭・・・

確かにそうですね。
導いていかなくてはいけないひとができたのですから。
でも、導いているうちにいつのまにか導かれている、なんてこともありそうですヨ。
無限大の可能性が目の前にいると思うだけでも、楽しいかも。

「神さまは、その人が耐えられるだけの試練を、その人に課す」
なんていっているのは、キリスト教だったか、何教だったか忘れました。ようするに「そのように」世の中は出来ているって言いたいのでしょう。

「お話ができる師匠が欲しい」
っていうのは、だいちゃんのままさんのいうような、自分の世界の言葉で会話できる人に近いと思います。
なかなか見つからないですよねー。

ブログ始めたの?
馴れると楽しいよ

ホームページは・・・
わたしも未だに挫折中です(笑)

むーじょ | URL | 2008-10-16(Thu)07:10 [編集]

無為なひと

たなごころ・・・
人生の年輪が作り出したその人個々の習癖で、かなり奇妙な枝ぶりになってしまった人をよく知っています。
宇宙が自分中心に回っているといった感を持つ人ですけど、反面教師という意味で、やはりこの人もわたしの師匠の一人かもしれません。

わたしの「フラクタル」な師匠たち

転生について
死んだらまた生まれ変わるのがいいのか、
それとも別の段階に移行するのか、どちらがいいのかわかりません。
できれば、転生したくないなぁ~

ゲームのように
「上がり!」
って大声で叫んで逝きたいと思っています(笑)v-46

むーじょ | URL | 2008-10-16(Thu)08:01 [編集]

師匠が見つけ難い時代なのでしょうか

こんにちは。
「師匠」の定義は難しいですけど、目指す目標とか憧れという意味では、僕の場合、今は周りに居ないですね。
30年前の高校時代や大学時代は、周りに魅力的な友人が居て、師匠という感じでしたね。すごく影響を受けました。
それと、20歳代から30歳前半までは、有名人に憧れました。竹村健一とか好きで、「成功するまでやってみよう」とか「全員一致なら止めてしまえ」とか、何回も読みましたね。これも、すごく影響を受けました。
でも、情報社会の今は、有名人も師匠になりにくいのでしょうか。特に、ブログで本音を吐き出すことが流行るようになってからは、あらゆる人の底が見えてしまうというか、みんな変わらないな、というのが多いです。総理大臣でもウツ状態になって辞めてしまったり。
情報化時代のせいか、年を取ったせいか、僕の場合、今は、「お手本」なしで、自分で好きにやるしかないのかな、と思っています。

komo(寝たろう) | URL | 2008-10-16(Thu)21:25 [編集]

混沌とした時代で先が見えない

混沌とした時代で先が見えない・・・と、みんな感じているのかもしれません。

15年くらい前、インターネットですべてが変化すると言われていましたが、どのように変化が起こるのかは想像もできませんでした。
情報の氾濫というのがこれほどに凄いことだったとは。

知識というものが過去において、その個人が蓄積した情報であったのに対し、現代では必要においてアクセスする選択性のものになってきたということ。

インターネット上にいる匿名の「師匠」が
『自分のオリジナリティというものは、どこまでがそうなのかわからない』と言っていました。
情報時代の混沌の中では、秩序を見つけ出すことが自分への旅になってくるのでしょうか。

あるいは「混沌」のなかにどっぷり浸かって、混沌のままいるのが正しい選択なのか。

師匠も、そして神さえも不在の時代です。v-22

むーじょ | URL | 2008-10-17(Fri)08:58 [編集]

難しいですよね

「じさま」と「タケル」のように、「多くを語らず、タケルが自分で答えを見つけ出せるように上手に誘導していきます」=Coachingというのがポイントなんでしょうね。
野球のイチロウと野球部の監督の関係も、そうみたいですし。

どうしても、インターネットや本だと、「多くを語る」になってしまう(というより、見る方がそれを求めているのでしょうし)ので、Teachingになってしまいます。

やっぱり、こんな時代だからこそ、実際に「会う」というのが重要かもしれませんね。

きむきむ | URL | 2008-10-18(Sat)06:57 [編集]

CoachingとTeaching

おはようございます、きむきむさん

Coaching(コーチング)という言葉をよく聞くようになりましたね。私も企業セミナーで何度か授業を受けたことがありました。
問題が出て、その場で回答を出すのですが、それでも
「はい、ではあなた! 答えてください」
って言われると、絶句してしまいます(笑)

でも、本当に上手な先生というのは存在していて、それは時間内にある一定のレベルまで生徒を引き上げるといった感じではなく、ある種のインスピレーションを導き出せるのです。特にその先生が知識をたくさん持っているというわけではない時もあります。
だからタケルの師匠の「じさま」も、まるで原始人みたいな姿で書かれているのかもしれませんね。

イチローの場合、その人がいるということだけで、もうりっぱな張り合いを授けてくれる感じを受けます。黙々と自分と戦うヒトって、すごい迫力を持っていますよネv-91

むーじょ | URL | 2008-10-18(Sat)07:31 [編集]

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