発明の女王様2

はつめいひんをつくって、しあわせになりたいとおもっている、ちょっぴりコアな生きものです

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またとーきょーさ、行っただ ~ 池袋・秋葉原で、お買い物

手帳の新しいのを買いそびれていたので、池袋リブロブックスまで買いに出ました。
わたしの住んでいるあたりでは、本屋さんがことごとく潰れてしまいました。
そのため、昔から使っているタイプの手帳が手に入らなくなって久しいのです。
手帳にはこだわる?いえ・・・
月曜始まりの見開き一ヶ月という薄い手帳は、リブロにしか売ってないのです。



flower_fairy2.jpg


リブロを歩いていたら、フラワーフェアリーの原画展をやっていました。
ちょっと懐かしいので、見てみます。
フラワーフェアリー、きれいでかわいい絵
なんで懐かしいのかというと、昔、チョコレートの中にカードで入っていて、集めたことがあったから。

展示テーブルに塗り絵のポストカードがあります。
絵を見ながら、水彩色鉛筆で塗っていくというもの。
オトナの塗り絵です。
『そういえば、絵が描きたいけどオリジナルは書けないから、塗り絵なら・・・』とか、最近母が言っていたのを思い出して、一冊買いました。


flowerfairy.jpg

「プレゼント用に」と言うと、きれいな袋にいれてくれました。
こういうときは、デパートっておしゃれでいいですネ。
時期はずれ、なんの日でもないですけれど、母にプレゼント っていうか、東京みやげかな。


池袋まで出ちゃえば、次は秋葉原に向かいます。
いろいろと足りなかったものを買います。
実はもうアキハという街で買う必要も、あまりなくなってしまったのですけど、ただ、なんとなく。

akihabara090131.jpg

朝から雨で、なんとなく眠いので、きっとアキハも空いているだろうなー、などと思っていたら大違い。
相変わらず混んでいるんですね。
でもなんだかみなさん中国語話してます。
メイドカフェのチラシ配りのおねえさんを、ガイジンさんが写真に撮ってます。
雨の中、熱気むんむんです(笑)


きょうはちょっと珍しくも秋月電子でお買い物
11曲オルゴールの組み立てキットを買いました。

akizukidensi2.jpg

なんでこんなものを?
これはいつもドアを開けっ放しにする誰かさん用です。
母はドアを閉めることをしないので、開けっ放し寒いとか、開けっ放し熱いとか、いつもわたしが言っていないといけません。
ドアの開けっ放し。これは老化現象ではなくて、生まれつきみたい。
母は出かけるときも、居間から玄関から門扉から、通ったところをすべて開けっ放しで出かけてしまいます

だから、ドアが開いたら電子オルゴールが鳴るように作ります。
防犯ドア用だとビックリしちゃうし・・・
カンタンな仕掛けなのですけど、色々探しても売ってないものなんですね、こういうもの。

キットですけれど、1000えんもします。
普段の主婦感覚からしたら、高いなぁ~。


あと、電池切れで使えなくなって、イライラしていた小物たち用に、ボタン電池を山ほど買いました。
ボタン電池というのも、いちいち型番を調べて、覚悟して買いに行かないと、なかなか買えません。
これがとってもめんどくさかったのです。


akizukidensi.jpg

秋月電子やあきばお~は、電池が安いので気に入ってます。

あきばお~では、SDメモリーを買いました。

akibaooo.jpg

デジカメ用です。8GBで1580えんくらい。
クラス6だそうです。1000万画素で1500枚程度撮影できるとか。
もう想像もできない世界であります。


あきばお~の店内を歩いていたら、ふと思い出してタイマーを手にしました。

timer2.jpg

これも母用
母が直接使うのではなくて、母が一晩中つけているテレビを消すためのタイマーです。
高齢者というのは、父もそうでしたけど、テレビが無いとダメみたいで、テレビ見ながら寝てしまうことが殆どです。
一応省エネも考えて、テレビ専用のタイマーくん。
これでわたしがたびたび消しにいくことも少なくなります。


さらにあきばお~の店内を歩いていたら、こんなもの発見!

むっきー.jpg

皮むきグローブ、その名も「むっきー」

むっきーwwww

   むっきーwwww

      むっきーwwww

だいぶ以前から気になっていた「むっきー」発見!
馬鹿っぽいと思うかもしれませんけど、Webではいつも売り切れになっているほどの人気なんです。
ジャガイモやサトイモ、ニンジンなどの皮がカンタンにむけるというのですからぁ~、すごい。

生活くさいですよね・・・

今晩は、シチューにしよおっと。

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野生のたぬきが通う庭

たぬき1

もう何年も前から、たぬきがわたしの家の庭を抜けていきます。
わたしの家の隙間は、野生動物のけものみち

これはおおきなたぬきさん
中型犬くらいありました。
ゆっくりのっそりと、わたしのいる目の前を横切って歩いていきます。

2年くらい前は、小たぬきを後ろに2匹つれて歩いていました。
もうすこし、体も小さく、若かったでした。

たぬきの寿命って、どのくらいあるのでしょうね。
たぶんこのたぬきさんは、ずいぶん昔からわたしのことを知っているのでしょう。


アトリエの窓をあけて、木屑を捨てようとするとき、驚いて逃げていく、ちいさなタヌキさんもいます。
家の軒下で雨宿りしているのかもしれません。
古い木造の家というのは、動物や鳥にとても好かれるんですね。

おもしろいことに、うちのねこのみみにゅは、たぬきが接近遭遇しても、別になんとも思わないで眺めています。友達なんでしょうか・・・
そういえば、濡れ縁の上に敷いたマットの上にいつも寝ている、ネコの「くろちん」も
たぬきには特に気を使っていない様子。

食べ終えたお魚のホネや、ドッグフードの残りを出しておくと、朝にはなくなっているので、まだ家の周りにいることはなんとなく分かっていました。

でも、たぬきさん、ここのところ姿が見えないので、心配していたんですヨ。
捕まっちゃったんじゃないかって。


たぬき2


とてもゆっくりと歩いて、ちょうどネコたちが通り抜けていくコースを辿り、門から抜けていきました。
わたしの庭を通り抜けていく動物達は、みんなこのコースを通っていくようです。

たぬきさん、いつまでも遊びにきてほしいな。

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2012年12月21日に世界が滅亡しちゃう!

   「親分! てぇへんだ!2012年12月21日に地球最終日が来るってぇ話ですぜ!」

「おうっ クマ、どうしたってえんだ、えらい慌ててるなぁ」

   「マヤって野郎が言ってる、2012年に世界が終わっちまうっていう話でさぁ。地上波放送のことじゃありませんぜ」

「おうおう、またかい。6年前はノスタラナンタラで騒いでたなぁ」

   「いや親分、こんどはマヤって野郎の科学的な計算によるものだかなんだかかんだかだそうで・・・」

「おう、そうかい。世界が終わっちまっちゃ、しかたねえな。年貢の納め時ってやしだわな。まだあと3年もあらぁ。いまのうちに旨い肴でもたらふく食べて、そうさなぁ、2012年の暮れにはお祭りでもするかぁ?」

   「12月21日ってえと、イブイブイブ~ですね、親分。こりゃあ年末年始に重なって、いそがしいぃやぁ~。それまでがんばって働いて、旨いモン買えるように、カネ溜めまさぁ

「そだな。それがいい。2012年12月21日の地球滅亡夕ご飯には、あったかい鍋でもしようや」


   「あっしはタラが大好きなんでさ、親分!タラがたくさん喰いてえ」

「おう、そんじゃクマのために奮発して、タラだく ってことにしようやぁ」

   「へいっ! 親分! いやー、12月21日が楽しみだなぁ」




   『2012年12月21日は、お鍋の日・・・と。なんかちょっとズレてるような気もするけど、ま、いっか。』


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古いビデオのエンコーディング

もうそろそろ、ビデオテープも整理しなくちゃ と思いながら片付けていたところ、懐かしビデオがでてきました。

PANT 斉藤由貴さんのCDと同じナンバーのビデオです。
だいぶ昔ですねー。
このビデオのロケ地はたぶん原宿表参道と渋谷、NHK前の公園も入っているかな
背景で入っていても、街の感じですぐ『あ、あそこだ』って分かってしまいます。

原宿・渋谷の昔の風景、当時のファッション、お店、懐かしいな。
今はもう殆ど行くこともなくなってしまいましたけど、昔は好きな街でした。


このビデオテープも、神宮前広場のフリマでたしか50円くらいで買ったものです。

当時のわたしは神宮前に職場がありました。
原宿駅で降りて、竹下通りを右に見ながらゆるい坂を上って行くと、右に代々木ゼミナールがあり、またしばらく歩いていくと図書館があって、さらに坂を歩いていくと、明治通りにぶつかります。
そして、明治通りを通り越して、こんどは下り坂になるのですが、少し下がったマンションの一室が昔の仕事場でした。

仕事が終わると、すこし回り道をして、竹下通りを抜けて帰るのが楽しかったな。
もっと気持ちに余裕のあるときには、裏道を歩いて珍しいお店や安いレストランを見つけたり、表参道の坂をのんびりと上りながら歩いたりして帰りました。

その当時、日本最大のフリマが神宮前のフリーマーケットでした。
当時は2ヶ月に一回くらいのペース のんびりしてましたね。
でも、神宮前という場所柄、アパレルのプロたちが売れ残りのタグを外して密かに売っていたりもしたのです。それはもう、信じられないものが信じられない値段で売っていました。

残念ながら、いいものが売っているのは分かっていましたけど、わたしには買うお金がなかったんですね。だから、おこづかいで買えるものを買って喜んでいました。

このビデオは、そんな懐かしい原宿・神宮前時代のものの一つです。
ちょうど勤めていたときのビルや風景、お店、ファッションなど
忘れていた景色が色鮮やかに思い出されます。



                    



古いビデオは、ビデオデッキが壊れてしまうと、見られなくなってしまいます。
また、カビが生えるともう二度とみられませんよね。
だから、ちょっとエンコーディングをして保存してみました。

VHSビデオのS端子からMTV2006に送りMPEG変換
DVDにするにはソフトを使えばすぐにDVD化できます。
でも今回はノンリニア編集でカット、H.264に変換してYOUTUBEにアップする実験をしています。
ビデオコーディック用のアプリはQuickTime7.6 知らない間にアップデートしていました。
この中に「WEB用に保存」という選択肢があるので使ってみます。
これはどうやらPodCast用のファイルを作るための機能みたいです。

YouTubeの動画アップの推奨は

・動画フォーマット: H.264、MPEG-2、または MPEG-4 が望ましい
・アスペクト比: レターボックスなしの実質アスペクト比 (4:3、16:9 など)
・解像度: 640x360 (16:9) または 480x360 (4:3) を推奨
・音声フォーマット: MP3 または AAC が望ましい
・フレームレート: 30
・最長 10 分 (2~3 分を推奨)
・最大ファイル サイズ: 1 GB

になってます。
でもこの通りにエンコしても、あまり綺麗な動画はできませんでした。
iPod用のファイル(H.264)でアップしたら、意外と綺麗な画像になりました。
さすがに動きの激しいところではブロックノイズは乗るものの、階調も輪郭も綺麗です。

おもしろいのは、YouTubeのオプションの高画質再生
こちらで見ると、ほとんどブロックノイズも気にならないくらいになるようです。


お試しエンコビデオは、「少女時代」
ミュージックビデオですけど、ストーリーが付いています。
唄の内容と全然違うところが、面白いです。
「少女時代」は、サザンの原ゆう子さんが作詞・作曲した曲です。

























































オマケ




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住宅業界を震撼させるアイデアだったりして

住宅業界も大不況である
住宅が売れないと、あらゆる産業が停滞してしまうようです。
新築にともなってのシロモノ家電が売れない、鉄鋼の需要も減るその他もろもろ・・・

そこで当むーじょ研究所は、建設業界がこの大不況を乗り切るための方法を考えてみました。

題して「キャラモノ住宅計画」です。


売れ行きが悪くなったとき、キャラクターをつけて売るとそれなりに売れてしまうというギョーカイ内の絶対的で不変な法則を応用した住宅であります。

まず、世界規模で人気のあるキャラクターを起用
デウォルト・ウェズニーの人気キャラである三木マウスで住宅を設計します。
社名も、「株式会社三木ハウス」

建つ家は、ウェズニーランドの中にあるお城まっくりそな外観を持つ住宅
そして、各室にはそれぞれ映画のステージのようなインテリアが飾られています。
リビングダイニングには「美女と野獣」の中にあったような大きなシャンデリアが輝き、
夫婦寝室には「アラジン」のお姫様の天蓋付きベッドが置かれ、
子供部屋は101匹しんちゃんのようなかわいいブチの壁紙が・・・

着工、完工の時には、ウェズニーのキャラが押し寄せてわいわいとお祝います。
エクステリアには三木マウスの形をした植木、三木マウスのポストに門扉、外灯等等・・・
すべてにキャラが付いています。

そして、家を建てる職人さんたちは、「七人の小人」の格好で、唄を歌いながら工事をします。
「はいほ はいほー♪ はいほ はいほー♪」って。

このビジネスプランの優れた点は、キャラクター使用料として工事代金の半分は著作権料が取れること。
さらに住む人たちがとてつもない幸福感を得られること などが挙げられます。


これはほんの一例に過ぎません。
人気キャラはたくさんあります。
それらをすべて使い応用することで、住宅市場は再びバブルのような活況を呈してゆくものと、当研究所では考えています。


いかがですか?
あなたも、キャラ住宅 三木ハウスで建ててみませんか?





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久しぶりにTB(トラックバック)記事 カントリー調家具って売れてるの?

古いやつだとはお思いでしょうが・・・
ふるい人間(やつ)ほど
新しいものを欲しがるもんでごぜぇやす・・・

ふと立ち止まって眺めてみりゃあ
右もひだりも軽小短薄なモノばかりで溢れかえってるご時勢じゃあござんせんかぁ~
そんな時代に生きながらえているあっしも、もう古いんでしょうねえ・・・・・



渡り鳥が東の空へ飛んでいかぁ

来年の今月今夜
再来年の今月今夜
おいらの涙でこの月を曇らせてみせる・・・

おっかさーんっ

おぉ ふところ刀のコア=ツゥ=ドュオが泣いていらぁ ぺぺぺん
今宵のコアドュオは (ぺぺぺん♪) ひと味違うぜぇえ!   (ぱお~ぉん)

 親分!

ひどいトラックバック記事(笑)

トラックバックというと、ブログの特徴の機能として言われていましたけど、最近ぜんぜん聞かれなくなりましたね、トラックバック。
目新しい便利な機能はことごとくジャンクに利用されてしまい、誰も使わなくなってしまう・・・
そこで、皆さんがもうとっくの昔に忘れた頃に とらっくばーっく トゥ ザ フューチャー


「ねぇねぇ むーじょ、カントリー家具作れるぅ?」

   「カントリー家具って、あの素朴な家具のこと?たぶん作れると思う」

「じゃ、作ってよ。」

   「えっ? カントリー家具の愛好者だったの?詳しいこと知ってたら教えてよ」

「わたしはカントリー家具なんか、好きじゃないわよん。あれって結構売れてるって」

   「へーえ、そうなんだ。知らなかった」

「あれって、作るの簡単そうじゃない?作って売ったら?」

   「んんん~、カントリー家具って、ハートの切り抜きがあって、
    くぎと糊でくっつけて薄めたペンキ塗った家具だよねー。ハートの切り抜きがめんどくさいなー」


ついこの間、こんな会話をしていました。
なるほんど オークションではカントリー家具がほんとに売れてる様子。
人気なんですね。流行に疎いというかなんというか

今、日本の家具業界は行き絶え絶えの状態です。
中国製、アジア製の安い家具に太刀打ちできないでいるのです。
ニトリなどに行ってみると、昔は手に入らないくらい高い家具(だったもの)が数千円で売られてる

この値段感覚で手作り家具を見られたら、プロはたまったもんじゃないでしょう。
でも逆に、ほぼ同じ形をした、ほぼ同じ機能の家具が、1/10くらいの値段で売っていたら、安い家具を買うのもあたりまえのことです。

もうひとつ
家具文化の浅い日本では、消費者の目もあまり高くないというのもあります。
たとえば無名のデザイナーが作ってGoodDesign賞に輝いた家具と、ミッキーマウスの絵が付いた家具が同じ値段だったとします。
そんな場面では、ミッキーマウスの絵が付いた家具のほうが売れて、デザイン家具は限られたオタクしか買わないという結果になるのは、想像するに難くないと思われます。キャラモノ恐るべし です。
(きゃー、『想像するにかたくない』だってだって、一度言ってみたかったんだこのセリフ 渋いっしょ)

そこで出てくるのが、わたしの旧上司のゾウさん、ガネーシャさんです。
彼はいつもこういってました。
『それがどんなにいい品であっても、儲からんものは悪やで! そんなん自己満足に過ぎんよ』

これを裏返すと、儲かるものは善だ ということになるのんか (←口調が移ってしまった)

モノを売るということは、大変な苦労です。
売れるということは、買い手の共感を得て、買い手を満足させるから売れるのです。
たとえそれがヘボいものでも、お客さんが買ってくれるというのは、たいしたことだと思います。

これをカンタンに、需要と供給なんていう抽象的な言葉で置き換えてしまうから、ワケがわからなくなる。


ハートマークがくり抜かれ、のりとクギでくっつけてある板切れに、薄いペンキを塗った家具を良いと思う人がいる限り、その市場は「需要と供給」で満たされるのだと思います。


そんなわけで、
『Yチェアーとか、シンプルでいいよネ』
といったようなオタクな会話は、よほどのことがない限り交わすことがまず無いであろうわたしの日常空間でありました。

 それにしてもニホンジンって日常的レベルでもアートやデザインに疎いよねー。会話が通じなくて困っちゃうよー。


さーてと、この記事で、トラック バーァック!

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あれ? あれ? あれ? 8888過ぎちゃった・・・鬱

ちょっと目を離していたスキに、8888ゲットの殿を捕まえるの、逃しちゃった

熱烈なMy Kiss と 3兆ゆーろの賞金 だったのに・・・

こうなったら、追いかけていって、うしろから抱きつき・・・・
なんか、必死で逃げていきそう


               

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デジタルフォトフレームを買ってみた

いままで全然気にもなってなかった物、デジタルフォトフレーム
衝動買いしてしまいました。


デジタルフォトフレーム.jpg



GREEN HOUSE GHV-DF7S 7インチ液晶のデジタルフォトフレーム、名前はGAUDIです。
7インチワイドではおそらく一番安いのではないかしら

いま、デジタルフォトフレームってかなり売れているんだそうですね。


デジタルカメラで写真を撮ったものの、プリントアウトするのが億劫です。
だって、撮ったらその場でみられちゃうし、見たらそれでその場は満足して、そしてさらに忘れちゃうんです。
フィルム写真時代は、プリントしないと何を撮ったかさえわからなかったので、写真プリントがたくさん残っています。
でも、アルバムをいちいち引っ張り出して眺めるのも、やっぱり、面倒です

そんなことで、最近は写真をゆっくり見なくなったなー と思っていたところ、このデジタルフォトフレームとやらのハードウェアを買ってしまった というわけです。
デジタルフォトフレームは、自動で勝手にスライドショーで写真をディスプレイします。

「またなんだかワケのわからないもん買って・・・お金がもったいない!」
「えー、これ、面白いんだよ~。いままで撮った写真が全部見られるの ホラッ!」

「あれよ、懐かしい写真。こんなの撮ってあったんだねぇ」

液晶画面を指でぐりぐり
「あれー、なんだか水みたい。ぼよぼよしてるよ」

「あー、ダメだってば、指で触っちゃ! 押しちゃだめ!中に水が入ってるんだから!」

「へぇー、水が入ってるんだ、わかんないねぇ。色が綺麗だけど色水で色がついてんのかねぇ」
「あー、そうよきっと。色の付いた水で色つけてるんじゃない?」←テキトーに答える

「水なのか~、こうしてぼよぼよすると、面白い。よく混ざんないもんだねぇ」
↑↑↑結構しつこい
「ダメだってば! そんなことしても色、混ざんないから・・・」

こうして最新のデジタルアイテムは、なんとなく母に受け入れられたのでありました。


GREEN HOUSE GHV-DF7SはSDメモリーかUSBメモリーで動きます。
デジカメで撮ったカメラからSDメモリーを抜いて、GHV-DF7Sに差し込むだけでも、動きます。
でも、ファイルを編集して入れてやると、とんでもない枚数の写真を見ることができます。
MP3やムービーファイル(MP4)再生にも使えるというのですから、ちょっと驚き。
でも、いろいろな附属機能は、たぶん使わないな。

買う前には液晶の綺麗さがどのくらいのものか、気にしていましたけど、問題なく綺麗です。
7インチワイドというと、2Lサイズくらいでしょうか。ちょうどいい大きさです。

おそらく、惰性でものすごくたくさん撮ったデジタル写真、見ていないもの、忘れてしまっているものがあるでしょう。
この際、このフレームの中にぜーんぶ押し込んで、懐かしんでみるつもりです。

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新聞読んで、ひとりごと

 

Bigberry2.jpg  

 

生くりーむ、ちょっと多かったかな・・・ま、いいか。

 

巨大いちごを食べながら、新聞を読む
ゆっくり時間が流れてゆく   398

 


「オバマ氏就任に追浜市湧く」
なんじゃそりゃ~ 225

 

 

全世界的不況
不況といわれても、好況といわれても、実感湧かないな なんでだろ

収入も支出も変らないし

 

 

最近は広告もかなり少なくなった
ホームセンターのチラシ、ジョイフル本田がわんにゃん300匹特集 見に行きたい
メインクーン12800えん ちょっと欲しいかも
メインクーンって、でっかくなるんだよねー。
ベッドに入り込んできたら、大変かな
ライオンくらいに大きくなったら、楽しいかも

 

 

 

読者投稿/こどもの詩

忘れ物
なんだかそわそわする
大事なことがぬけているようで
心のどこかがスースーする
いくら考えても思い出せない
そのときになって
初めて気がつくのだ
(茨城県鉾田市・新宮小6年)

 

うーん 名文句だ 奥が深い
この子は将来大人になって、「忘れ物」の専門家になるに違いない・・・

 

 

広告
NHKスペシャル チベット死者の書 DVD発売
10年以上過ぎて、DVDですね
再放送には出来なかったんだ
よく出来ていると思いますヨ

 

 

まんが
コボちゃん
連載長いよね
よく毎日これだけネタ考えられる なー
バックスがいるのかなぁ

きょうはハンバーグ、いいかも・・・

 

 

みんな ひとりごと どうしようもない ひとりごと

 

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不人気ブログのNo1なのです、発明の女王様、関東の隅っちょで不人気と言ってみる・・・

不人気ブログNo1-1.jpg




ふと思い立って、『不人気なブログ』っていうのは、いったいうどういうブログなのかな~と思いググってみました。

じゃじゃーん
なんだ、わたしのブログじゃないですか 


すごい笑った! ホント可笑しいの
だって、「不人気ブログ」で1位ですよー エッヘン!
この栄誉ある1位って、いつからなのでしょう。
googleでトップを切れるというのも、めったなことではありません。

 

不人気ブログNo1-2.jpg



昔、ブログを書いていたその当時は、何年書いていても7くらいのアクセス数でした。
だから、のらくらといいかげんなことを書いていましたし、そのへんは、今となっても全然変りません。
(いつも見ていただいている諸氏には申し訳なく思ってます435

 
ここまで飽きずに続けて書いていられるのも、見ている方々のおかげです


あの頃アクセスアップを考えていたのは、あるコミュニティでブログをほぼ同時に始めた人たちが、モノ凄いアクセスを持っていたから。
アクセスカウンターが300単位で上がっていくし、コメントも100とか付いてる。
その都度コメとかたくさん返しているけど、その人たち、いったい何時仕事してるのか不思議でした。

で、そんなに彼らのブログが面白い内容なのかというと
『きょうはぎょうざを食べた、うまかった』とか『サッカーは○○が勝った』とか
そんな内容が3行くらい書かれたブログです。
コメにしても「お疲れー」とか、「おっす!」とか「今、マックに居る」とかが、ずーっと続いてたりしてました。

当時ブログやSNS初心者のわたしとしては、うーん、、、これが人気ブログというのかと、だいぶ関心していたのでした。
で、アクセス数というのは、リアルフレンド同士のトラフィックだったんですね。


というわけで、「友達千人できるかな~♪」な人達にはかなわないと思い、「不人気ブログ」なる概念を作り上げた当時のむーじょであったのでした。

考えてみれば、あの「友達百人でっきるっかな~♪」っていうのも、引っ込み思案な子が言われたらヤダよねー、トラウマ作りそう・・・。



面白いのは、不人気ブログのgoogle検索で、わたしの下(2位)のひと
不人気ブログの効能みたいなことを書いて、アクセスアップしてる~

書いてある内容も、「アクセスダウンの具体的な方法」 可笑しい 
話題になっている言葉や人気な言葉を使わずに専門用語で書く って、なにそれ~
逆SEOなんだそうです

 

 不人気ブログNo1-3.jpg



不人気ブログとはいえ、googleで1位になるというのは、大変なことであります。
このほかにわたしがgoogleでトップを飾っているのは、「うりゃぽっきん」がありました。
うりゃぽっきん というのは、わたしが発明した単語であります。
うりゃぽっきん??? googleのワームが一生懸命言葉を分解して、系統立てたようす。
うりゃ と ぽっきん に分けたんですね。

「うりゃぽっきんで10歳若返る」とか「うりゃぽっきん楽々減量法~1週間で10Kg痩せる」とか、「うりゃぽっきんで年収10倍」なんてぇ~のを付け加えると、googleのワームたちは「うりゃぽっきん、なんじゃそれは!」って考え込んで頭抱えちゃうわけです

 

不人気ブログNo1-4.jpg 

 

 ところで当時は、「不人気ブログコンテスト」という言葉も作ってしまったわけですが、あったら面白いと思います。
いかにして目立たないブログを書き続けるかというコンテスト。
1、記事の字数は400字プラスマイナス10字
2、一週間に2回以上の更新
3、最低でも1年はアクセス数が無いこと

こんなステルスブログを見つけ出してくれる検索エンジンかワーム、誰か作ってくれないかしら
なまえはもう考えてあります。
サーチエンジン「抜け作」


それにしても、「不人気ブログ」でトップ というのは、人気があるのでしょうか、無いのでしょうか

 

考えると夜も眠れませんね 75

最悪の最高な気分に乾杯  272(嬉)

 

 



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アンドリュー・ワイエス展を追う計画

東京・渋谷で見損ねてしまったアンドリュー・ワイエス展
なんだかとっても悔しいので、追いかけるつもりです。
現在は愛知美術館で開催中。



私的メモ
読売新聞 1月20日 21面記事より

A・ワイエス氏を悼む 高橋秀治

 体調を崩していると聞いてはいたが、1月17日未明にワイエスのコレクション・マネージャーからメールで訃報を知らされた私は、驚きながらも電話やメールのやり取り、美術館に出動しての対応など慌ただしい一日を送った。
 展覧会の準備で会った1993年の秋以来、数年に一度の割合で本人と会ってきたが、温和で飾らぬ人柄は変わることはなかった。人嫌いで会うことも難しく、とっつきにくい人物との風評があるが、実際に会ってみると気さくで、「何でも聞きたいことを聞いてくれ」とこちらの緊張を和らげてくれたのを思い出す。夏を過ごすアメリカ北東部メイン州の島を訪ねたときは、腰の手術をして間もない彼の手を引いて散歩した。その手は温かだった。3年前には愛知県美術館に作品を一点寄贈いただくという予期せぬ幸運も得た。
 1917年に有名な挿絵画家の息子として生まれたワイエスは、20歳を迎える頃には将来有望な水彩画家として知られていた。しかし彼を厳しく真剣で、時に思索的なワイエスとして成長させたのは、少年時代からひとり近隣を歩き回る中で自分自身を見つめてきたことと、踏切事故での父親の突然の死や、片肺を切除した大手術の経験であった。
 彼自身の言葉に「私はこの世のはかなさというものに人一倍敏感である。すべては移り変わる。父の死がそう教えてくれた」とあるように、無常観にも通じる観念を会得していた。それが日本人にも好かれる理由かもしれない。しかしアメリカで国民的画家と評されるのは、17世紀に植民してきた清教徒の質素で堅実な生活を尊ぶ感覚に響く作品を描いてきたからだろう。彼の描いた対象は、生まれ故郷のペンシルベニア州チャッズ・フォードという自然豊かな田舎町と、夏の家のあるメイン州クッシング近辺のみであった。見慣れた風景であり、見知った人々であったが、自分を育ててくれた真理を内包した景色であり、敬意に値する人生の重みや存在感を感じさせる人々だった。彼を有名にした作品「クリスティーナの世界」のモデルとなった人物と家を30年間にわたって描き、生家近くの農場に至っては10代から主人が亡くなった以後も含め、70年間にわたって描き続けた。深く知った対象でないと描けなかったといってもいいだろう。だからこそ残された作品からは、一瞬の光景を切り取った画面ではなく、ある時間の幅が凝縮された深みを感じることができる。
 折しも愛知県美術館で開催中の展覧会は、彼が公開せずに保管してきた素描や水彩を、完成作とともに展示することを了解したものである。そこに見られるのは、気さくに打ち解けた自分を見せてくれるワイエスである。彼は91歳になって、自分をさらけ出すことの抵抗感を乗り越えられたのかもしれない。
                  (愛知県美術館美術課長)



愛知県美術館の次は福島県立美術館での開催、日時は2009年3月17日~5月10日
わたしは福島県立美術館まで、アンドリュー・ワイエス展を見に行く予定にしました。
大都市の中で見るよりも、自然に近いところで見るほうがよさそうだと思ったからです。

それともうひとつ
4月半ばに計画をすれば、桜が見られます。
以前旅行したときも、確か桜の季節でした。福島の桜はとても綺麗です。
そして4月はわたしの誕生日があります。
これは、自分へのご褒美としての旅行にしたいと思っています。


渋谷でアンドリュー・ワイエス展を見られなかったので、大出費?
いえいえ。かえって遠くまで出かける計画ができたので、よかったと思っています。
そういうわけで、いまからちょっとワクワクしています。    







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森の生活/ヘンリー・D.ソローを読み終えて

森の生活/ヘンリー・D.ソローを読み終えて思ったこと

何の前知識もなく、いきなり読み終えました。

今調べてみると、途中で投げ出してしまう本としても有名だったんですね。
難しい、何言っているのかわからない本 だと。

逆に驚いてしまいました。
難しくなんかない。
だってわたしは、この人(ヘンリー・D.ソロー)によく似たタイプの画家と、若いある時期を行動したことがあったから。

美しい自然が好きで、いつも絵の題材になる風景を探していた彼
若く、禁欲的で純粋
驚くような行動力や思考
一緒に見た自然の風景や里山の家が、キャンバスに描かれたのを見たときの、眩暈のような感覚

わたしは「森の生活」の中の主人公(ヘンリー・D.ソロー)に、その若い画家の姿を重ね合わせて読み進んでいたのでした。
まるで本の文字の中で、その彼が動いているかのような錯覚・・・
だから、いとも簡単に読み終えてしまったのでしょう。

難解だというのは、文字を追っているから。
彼(ヘンリー・D.ソロー)が描いた映像を、そのまま見ることや感じることができれば、この本は全然難解な本ではありません。読んで、そのとおりを「体験」してみればいいのです。

ところで、偶然なことに、この本を読み終えたときの2009年1月17日16日に、画家のアンドリュー・ワイエスが91歳で無くなったというニュースを見ました。
なぜ偶然か、というと、アンドリュー・ワイエスの絵もなぜか身近に感じながら、「森の生活」を読んでいたからなのです。
そして、ワイエスは釣りをするソローを絵に描いていた、というのですから。
わたしの大好きな画家の一人、アンドリュー・ワイエス
昨年渋谷でやっていたワイエス展、見に行っておけばよかったと後悔してます。



日本においての「森の生活」や「ヘンリー・D.ソロー」の知名度は、あまりよくありません。
それどころか、自然・環境問題と結び付けられて商売に利用されているほうが多いのでした。
ひどいなぁ・・・
「森の生活」屋さん、「ソロー」屋さん、「自然環境」屋さん、「自然評論家」屋さん・・・
自然派嗜好のお店がいっぱいで雨後の原宿竹下通りです。

環境とか自然って、こんなに薄っぺらなもんだったっけ。
それとも現代という時代だから、こんな薄っペラペラな解釈になってしまうのかしら。
それともやっぱり日本だから?
ヘンリー・D.ソローは「森の生活」の初めのほうに、こういった人たちへの批判も書いていたと思います。これじゃ意味が分からないというのも納得です。

読み終えた今では、ヘンリー・D.ソローの感じた苛立ちも、やはり同じようにわたしが感じ取ったのかもしれません。
本も絵も、読む(見る)人の考え方を変えてゆくもの
そして、そのくらいのインパクトが無ければ、読む(見る)必要もないのかもしれません。

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ミスライムのカタコンベ~ミヒャエル・エンデの短編

カタコンベ.jpg

写真はイタリア/シチリア島パレルモのカプチーノ修道院のカタコンベ
暗い地下通路は迷路のように続き、壁の穴にはたくさんのミイラたちが様々な服を着て「眠って」います。
ミスライムのカタコンベの出だしの情景から、すぐにこの地下墓地が思い浮かびました。
たぶんここがミスライム


ミヒャエル・エンデの短編のひとつ、ミスライムのカタコンベを読みました。
これはエンデ全集13・自由の牢獄の中に収められています。

読んで驚き!
これって、マトリックスの原作かしら! っていうか、そのまんまです。
ミスライムという地下世界の住人の頭に響いている主の声
エンデは耳の中に埋め込まれているスピーカーなのか?という表現をしていますけれど、コンピューターのネットワークを連想させます。
だからすぐに現代のSFX映画にも応用できたんですね。



・・・何の悩みも苦痛も無く管理され働くのと、
自分の真実を探し求め、悩み苦しむのと、
人間(影)はどちらが幸せなのだろうか?



ミスライムのカタコンベ

ミスライムの大支配者ベヒモートは、暴徒に向かってこういいます。

「もう一度言おう。そのような世界にはおまえたちは住めない。
だからこそ、影の民はその昔、外の世界からここの地下へ逃げて来て、あの耐えられない光から逃れるための救いをわしらに求めたのだ。
おまえたちを一時たりとも囚人にしたことはない。
おまえたち自身の意志なのだ、わしらが従ったのは、おまえたちが仕えたのではない。わしらがおまえたちに仕えたのだ。
おまえたちとともに、おまえたちのために、わしらはこのミスライムのカタコンベ世界を築き上げたのだ。
おまえたちにとってできるだけ安楽にしたつもりだ。
それなのにおまえたちはすべてを壊すというのか。
おまえたちとは異なる、この男一人のために。もっとよく考えるのだ!
今ならまだ遅くない。おまえたちさえその気なら、ただちに復興に着手できる。
みんな元どおりにできるんだ。さあ決めるがよい! 

この男とともに脱出し、そこで滅びるのか。
追放して、この男を処理し、われわれの世界が受けた深い傷が再び閉じ、治癒できるようにするのか」


大支配者ベヒモートが言う、人々が顔を背けるミスライム系の裂け目からのまばゆい光は、(書かれていませんが)知性・英知・選択・決定の光なのだと思われます。



マトリックス・レボリューションでは、最後がなんとも後味が悪かったのですが、始めてここで意味が通じました。
どうやら、原作は映画マトリックスでは再現できなかったようです。っていうか、内容が高度で難しくなってしまい、誰も見なくななってしまうのでしょう。
惜しかったなー。


これとよく似たお話がやっぱりありました。
「百億の昼と千億の夜」 
萩尾望都によってコミック化されています。
生まれてから死ぬまでの間、カプセルに入れられた人間が疑問を持ち、謎を解明するために旅に出る、という内容だったと思います。
完全な管理社会と、真実の発見と、人間というものはどちらが幸せになれるのだろう?
今ある社会、今信じられている正義は、本当にそのとうりのものなのか


ミヒャエル・エンデの作品の中に流れるのは「選択」「自由意志」 対 「権力者」「神」

ぶつぶつ愚痴を言いながらも、大きなシステムの一部として安全に機能するのが幸せなのか、
それとも本当の自分を探し続けて悩み、物事を一つ一つ選択し、苦しむのが幸せなのか・・・

ミスライムのカタコンベには答えがありません
答えが無いというのが、答えです。

このページを読んで、ちょっとでも興味を持ったら、ぜひミスライムのカタコンベを読んでみてください。
面白いですヨ。

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こんどは分解してみたりする

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一つ前の試作機を分解しました 
これは、足首を引っ掛けて逆さ吊り状態で牽引する、逆立ちマシンなのれす。
えすえむではありません
東京ビッグサイトにも何回か出展した、由緒あるマシンなのれす

でも会場ではほとんどの人が、えすえむマシンだと思っていました
違います!  もう一度言いますけど、えすえむではありません

とはいえ・・・ジャマ・・・おっと、これを言ってはイケナイ!

苦労して作ったのはいいけれど、やっぱりどうしようもないくらい複雑な木造マシンです。
木でメカ作ってるって、平賀源内?
いえ・・・わたしが未だにプリミティブなだけなのですわん  わんわん


分解2.jpg

なんだか、薬莢みたい

まだ旋盤が無かった時代の手作り部品
真鍮棒をドリルレースで溝切りしてました。何本も何本も・・・
旋盤がある今では、よくやったなーって、感慨にふけってしまう
たぶん、今だともう出来ないなー。根気がなくなってます。

冬の暖かい午後、ぽつりぽつりと分解を進めていると、作っていた頃の暑い夏を思い出します。
月日の経つのは、早いものです       

さて、今年は仕切りなおして、さらに洗練されてもっと過激に

責めてみたいと思います  ←どうも、字が違ってしまう

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1年越しのリクエスト 夢をかなえるゾウ

夢をかなえるゾウ.jpg

去年の今頃に図書館に申し込んでいたリクエストの本が、ようやく回ってきました。
1年近く経っているので、忘れてもいたんですけど。

予約したときには400近い予約がすでに入っていて、驚いたものでした。
今でも370というから、まだまだ人気のようです。

この本は、わたしが過去によく読んでいた自己啓発モノのひとつです。
話題に上がっていたころ、『なんでこんなに人気があるのかな~』っと思っていました。
内容は、立ち読みでも読み終えるくらい簡単な感じに書かれています。
しかも、設定がむちゃくちゃ。
なんでこれが当たったのかな?一応、遅くなったけどチェック。


主人公はお金持ちになりたい冴えない若者と、関西弁を話すガネーシャ神

関西弁+ビジネスというと、新卒で入った会社で出合った直接の上司を思い出しました。
この人がかなりアクが強くて・・・そっくり。
でも、言っていることはだいぶ違ってました。
『おまえなぁ、儲からん商売なんて、「悪」やでぇ! 儲けなきゃあかん。どんなことしてもや』
↑これ、当時の先輩上司の口癖
しつこさと強引さが顧客とよく問題を起こしてましたっけ・・・
この人が、この本の中のガネーシャのようにぴったりついて、わたしにセールスを教えて(?)くれたのでしたが わたしには合いませんでした。 教えられたことも先輩もどちらも。


さて、この点、この本の関西弁ガネーシャさんは、とってもメンタルです。そして、
「この本に書いてあることは、ほかのいままで出ている本にも書いてある」
って言っています。
ははは 斬新 かな。

ひとつだけ、心に残ったこと。
これも、いつも考えているけれどなかなか難しいこと



「やらずに後悔していることを今から始める」



最後まで「自分を諦めない」生き方

失敗してもいいから、自分の思う方向へ身体を動かしてみるというのは、なんかわくわくすることだな、と思いました ←思っているだけじゃダメだってば・・・・

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一個1150円のM12ナット~両頭グラインダーリストア終了

両頭グラインダー99.jpg


1個1150円のM12ナット
純銀で出来てます   ・・・・ウソです。


年末に頼んであった工具屋さんから電話があり、日立の両頭グラインダーのナットを受け取りにいきました。
古い機種なので、取り寄せに時間がかかったとか。
しかも、左右のワッシャーのセットで販売

で、6つも部品を買うことになってしまいました。
ワンセット1150円税別

ほかのワッシャーや右側のM12ナットはおそらく一生使わないでしょう。
だから、1個で1150えん です。


さて、ぱぱりんの両頭グラインダーのリストア、始めてからかれこれ半年になろうとしています。
もちざっぱなしなぱぱりんでしたから、リストアも大変でした。

ナットが手に入ったのですけど、入っていきません。
M12の逆ネジナットではなくて、インチネジのナットをむりやり入れて使っていたようです。
ねじ山が2重になってる・・・・

オラウータンのように大きくて力の強い”ヒト”でしたから、気が付かないでねじ込んじゃったに違いありません。
途方にくれたけれど、結局わたしは正しいナットを叩き込むことができました。
1、2mmずつ回しては戻し、少しずつ時間を掛けてネジを切り直し。
まったくもう、恨んで出てやる ←わたし

なんとかリストアを完了しました。
リストア前は、まるで洗濯機のような音をして回っていたグラインダーですが、今では風切り音さえ聞こえるくらいにアライメントも完了しています。

ほんとにまったく、「てやんでぇい!」 なんです。

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図書館で借りてきた本

森の生活.jpg

森の生活 ヘンリー・ディヴィッド・ソロー

自由の牢獄 ミヒャエル・エンデ

フランク・O・ゲーリー

TADAO ANDO (安藤忠雄)


図書館で希望の本がカンタンに見つけられるようになって、借りてきてます。
タダっていうのが、もう、凄くいいです。
読み終わって返せるというのも、いいですねー。

森の生活、これは「おひとりさまの老後」の中にちょこっと紹介されていたのを見つけて、借りてみました。自然な生活について書かれた「古典」だそうです。確かに古い。
1845年頃に書かれた本ですけど、街のあわただしさ、人の価値観、何のために生きるのか、何のために働くのか、そういったことがまるで現代のような感覚で語られています。
この昔でさえそうだったんだから、今も昔もかわらないのかなぁ。
少し読み始めたところですけど、面白い本


自由の牢獄
これはなんで予約したのか忘れてしまいました。
「読んでおかなくちゃ!」って思って予約した筈なのですが・・・
読めば思い出すかもしれません。
ミヒャエル・エンデという作家は、「モモ」を書いた人です。
あまり知らないですか。
では、映画の「ネバーエンディングストーリー」の原作と言えば・・・・知らないよねぇ・・やっぱり。
時間については童話の「モモ」がよく引き合いにだされるというくらい、ちょっと難しい童話だったりもします。


図書館の入り口の書架に並べられていたのが、フランク・O・ゲーリーとTADAO ANDO。
どちらもポストモダニズムの建築家です。
衝動借りしてしまいました(笑)

並んでおいてあったのですが、デザインは対照的ですね。
写真集ですから、絵本のように読みます。


フランク・O・ゲーリー2.jpg

下のぐにゃぐにゃ線がイメージスケッチ
上がこのスケッチから描かれた平面図だと思います。
わかんねーの・・・。

この作家の建築は、いってみれば、楽しい建築です。
街中で出くわしたら思わず「うわっちょ!」って叫んじゃうくらい、すごい。

フランク・O・ゲーリー1.jpg
うーん、作るの大変そう、メンテナンス大変そう、雨仕舞タイヘンそう・・・
常識からかけ離れているから面白いです。


同じポストモダニズムの作家 安藤忠雄ですが、
こちらはとっても禁欲的
わたしも展覧会には足を運び、作品のいくつかは実際に実物見学に行きました。
こちらも、作るの大変、メンテナンス大変そうな建築ではあります。


図書が好き、本を見つけるのが好き、本を眺めるのが好き

時間があるのなら、無限に図書館や本屋さんや、美術館を巡って歩きたい気分のむーじょ です。

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ケヒキが届きました

ケビキ1.jpg


大工道具まとめて3つ というのがオークションにあったので、ポチしておいたら落札しました。
これは2本のカンナのおまけについていたようなケヒキ。骨董品ですね。
一本竿のケヒキです。

届いたときには真っ黒に汚れていたのですけど、分解して水拭きしたら、少しだけ綺麗になりました。


ケビキ2.jpg


現在お店で見かけるケヒキと、つくりが違います。
ネジを使ってないで、クサビでとめるようになっています。

つくったときの墨のあとも残っているので、これは商品で売られていたものではなく、手作りだというのが分かりました。

伸縮させる竿にもわずかにテーパーがついています。
初めて手にしたときは

『骨董品だ~。実用になるのかな』
などと思っていました。

でもよくよく観察すると材質も良く、とてもしっかりと出来ていたのです。

最初はぎこちなかった竿留めのクサビも刃物固定も、少し歪みを直して馴染んでくると、わずかの力ですっと止まります。

「これ、面白い!」

そう感じました。
自分で作った、あるいは特注されたケヒキ
年数が経って、ボロボロだけど、まだまだしっかりと使える

元の持ち主のオーラみたいなものを感じます。

ケビキ3.jpg

ケヒキの刃の部分です。
刃物自体も何かの刃物からの転用だと思います。
変った研ぎ方がされてます。


鋼(はがね)を削りだして、研いでつくった刃物
そういえば、昔は刃物から作っていたときがあったっけ。
刃物や工具というのは、自分で作るものだったっけ・・・
そんなことを、ふと思い出しました。

なんでも買うのに馴れちゃうと、自分でなんでも作れることを忘れてしまいます。



この手作りのケヒキはわたしに

『道具ってものは、あなたが勝手に作り出してもいいんだよ』

って、静かに語りかけているように見えました。



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7のゾロメまじか

あとすこしで7並び!
Four7の方には、むーじょの熱烈なKiss
を差し上げます 


            ↑↑↑↑イラナイって?

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縦型丸ノコ盤の制作

縦丸ノコ1.jpg

古~い丸ノコ台
ぱぱりんは身体も大きいけれど、とってもアバウトな人でした。
丸ノコ台ごと斬ってしまったようです。
丸ノコって、鉄でも切れちゃうんですねー。


丸ノコ台の裏には、やっぱり古~い丸ノコが付いています。
日立製

縦丸ノコ2.jpg

どうやらコードごと切ってしまった跡がありますねー。もうメチャクチャな使い方されていた様子。
両頭グラインダーのときもそうでしたけど、古い機材を使うというのは、結構骨の折れる仕事です。




縦丸ノコ3.jpg

年末にちょこちょこと接着していたJIGを乗っけて見ます。
なんだか巣箱が付いていますね。





縦丸ノコ4.jpg

90度回転させると、あら! 縦型丸ノコ盤の出来上がり!!!(笑)
巣箱は刃のカバー謙 集塵ホースの穴だったのです




縦丸ノコ5.jpg

T定規に手書きのメモリをつけて切り込み深さを見ます。
切り込み量は最大で40mm
丸ノコの下側には、集塵ボックスも兼ねた安全フードがついています。




縦丸ノコ6.jpg

板をあてて丸ノコのスイッチをいれると、ほぞが切れる仕組みであります。

実は今まではバンドソーを使ってこの作業をしていました。
なんで?こんなJIG=M-Partsを作ってしまったのか・・・・謎ですねー。
わたしもワケがわからない・・・
そんなことないですよん。

バンドソーによるホゾつくり
ホゾが一本ならカンタンなのですけど、凹型の場合はちょっと面倒です。
バンドソーの一番大きな刃の厚さはせいぜい0.8mm
これだと切り欠きが大変です。
だから縦型の丸ノコ盤を作ってみました。

丸ノコ刃は、大工さんからもらった1.6mm厚の刃
本当は溝切りカッターみたいな厚い刃が欲しいのですけれど、売ってない様子です。
古い機械の再利用なので、あまりお金も掛けたくないし。




縦丸ノコ7.jpg

このJIGの面白いギミックは、手前上のハンドルを持ち上げると、テーブルが約100mmほど上昇することです。
そうすることによって、直線に切込みが入れられます 
また、縦長に切り込みを入れる時にも使えます。





縦丸ノコ8.jpg

こんなふうに切り込みが入りました。
切り落としていないのは、まだこのJIGの未消化部分です。
できなくはないけれど、やりにくい
どうしようか・・考えない・・・このまま使用→決定!

なんだかよくわからないかもしれません。

これはLEIGHのFMTで処理するまえの下ごしらえ です。
LEIGHのFMT、便利で正確なのですが、大きなホゾ組を削りだすのにはちょっとしんどい
特に大きな切削、ホゾの長さが30mmくらいになってくると、ルーターも多少暴れが来ます。
1/2インチのスパイラル・ビットで削り出しは、かなり神経使うし、ちょっと怖いし、刃もそろそろ切れ味が落ちてきました。
スパイラル・ビットは高いので、そうそう使い捨てにはできません。
それで思いついた苦肉の策であります。

ホントはバンドソーでも出来るのでしょうけど、なんとなく作っちゃった。
これ、意外と作業が早くて便利です

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TRITONの工作セット購入から一年

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モノを作るというのは、ゼロからの訓練が先か、それとも機械を得ることからだろうか・・・

そんな問いを自分自身にしていた頃がありました。

日本の教育、たとえば数学などを例に取ってみます。
微分・積分・ベクトル・行列
数学の教科書にはなぜそんなことをするのか、初めから書いてありません。
いきなり、この計算をしなさい、ただそれの繰り返しです。
何に使うものなのか、何の目的でこんな計算をするのか、目的がまったく書いて無いんですね。

後にコンピューターに出会い、面白いプログラムを見ることがありました。
当時マッキントッシュといわれていたGUIの優れたコンピューター、現在のMacです。
そのなかに「グラフ計算機」という3Dで動く小さなアプリが組み込まれていました。
3次式を入れると、グラフの曲線が瞬時に変り、画面の中で立体的に回転しています。

これを見て初めて、あのややこしい数式の意味を理解したのでした。
しかも、コンピューターの数式の係数や乗数を書き換えるだけで、どんどんと色々な形に変化していくので、式の意味がすぐに飲み込めてしまいます。
しかめっ面して黒板の数式をノートに書き写していた学生時代が、あまりにもバカらしく思えたのも、そのときでした。

『何も分からなくてもいいから、とにかく今のこれをこなせ。』
昔からの教育方法というのは、目的を見せずに、ただひたすら耐えて数をこなすのが基本だったようです。


木工の初歩はわたしの父から習いました。
木工に限っても、「刃研ぎから入る」といって、父は刃がうまく研げるようになるまで、次に進ませてくれませんでした。
それがこの世界の因習だったようです。
でも、それだと全然つまんない・・・

いつの間にかわたしは木工以外の、別のものを作るようになりました。




電動工具1.jpg

遺されたものの中に、こんな丸ノコ盤がありました。
とても怖くみえる機械でしたけど、ウッドフェンスを作るときには活用しました。
なんだ、とても便利な工具なんだねって感じで。
プリミティブな構造だけに、使い方もいろいろ。
でも、手で切るのこぎりとはまったく別のものを発見した気分になりました。




さて、次に辿り着いた木工作
わたし流は、基礎なんか学習しません。
まず、何が作りたいかが真っ先にあります。
その目的からさかのぼって、どんな工程や機械、道具が必要なのかを考えていきます。
最初から研ぎ3年 ではありません。3日で「完成」を目標にします。

どちらが正解だったか、結果は明らかでした。
まず目的ありき です。
機械や工具を揃え、失敗しながらも何回も作っていくうちに生まれる自信
それがなによりも大切なことだと気が付いたのです。

パソコンだって同じ方法で覚えていくと思います。
まず説明書や作動原理から入るわけじゃなくて、年賀状を刷りたいとか絵を書きたいとかから入っていろいろ経験的に覚えていくんですよね。
「行列の掛け算やベクトルの計算方法を理解しなければ、パソコンを使う資格は無い」
なんて言ったら大笑いされちゃいます。



『とりあえず、頭の中で考えたカタチは、必ず作れる』
そういった自信ができて初めて、道具の質に目が行くようになっていきます。
はたしてこの刃物は、どのように研いだらもっと使いやすくなるのかなっ、ていった感じで。





原点回帰
いろいろな機械を扱ってみて、今また手で使う道具に還ってきました。

デジタルカメラで撮ってフォトショップで加工する写真じゃなくて
ペインターとタブレットでえがく水彩風な絵じゃなくて
3DCADでいきなり出来上がる立体作品でもなくて
パラメーターを変えることで出来上がる音楽じゃなくて

従来からある手法
刃物から自分で作り出したり、刃物を自分の手で研いだりする伝統的な方法
今までちょっと忘れていた、過去の経験が、あるものを見てふわりと舞い戻ってきたのを感じたのでした。

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地球の夜景

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衛星からの写真を見ると、日本ってずいぶん明るいんだなって思います。

この写真を見て、ふと思い浮かんだのは、やっぱりサン・テグジュペリの文章でした。



星の王子さま
サン・テグジュペリ/内藤あろう訳

第16章

・・・
 電気が発明される前には,六つの大陸ぜんたいに,四十六万二千五百十一人という,まったくの軍隊ほどの点燈夫をやとっておかなければならなかったといったら,地球のひろさに,見当がおつきになるでしょう。

 すこし遠くから見ると,まったくすばらしいながめでした。そういう軍隊の動きは,オペラのバレーをおどる人たちのように,規則だっていました。まず最初,ニュー・ジーランドとオーストラリアの点燈夫たちが,あらわれます。

そして,その人たちは,街燈に火をつけると,ねに行ってしまいます。すると,こんどは、中国とシベリアの点燈夫たちが,おどりはじめます。それから,その人たちが,また,舞台うらに,ゆらゆらと,消えてなくなります。すると,こんどは,ロシアとインドの点燈夫たちが,あらわれます。それから,アフリカとヨーロッパの点燈夫たちも,それから南アメリカの点燈夫たち,それから,北アメリカの点燈夫たち,といったぐあいに,ただの一度も、舞台に出る順序をあやまることかありません。まったくすばらしい見ものでした。

 ただ,北極に一つしかない街燈に火をつける男と,南極に一つしかない街燈に火をつける男だけが,なにもせずに,のらくらしていました。ふたりは,一年に二度,働くだけだったのです。




この物語には日本は出てきません。
この物語が書かれた時代には、あまり知られていなかったのかもしれません。
でも、今では圧倒するくらいに明るいですね。

前回、都会では星が見えないと書いた、それは街が明るすぎるから なのですね。


ところで、真面目で勤勉な性格のサン・テグジュペリです。
南極と北極の点灯夫たちの表現が可笑しいですね。一年に2度しか働かないってあたり

この「地球」の点灯夫の伏線として、1分が一日の星に住む点灯夫のお話をしています。






 「なんしろ,とんでもない仕事だよ。むかしは,理くつにあってたんだがね。朝になると火を消す。夕方になると,火をつける。ひるまは休めたし,夜は眠ったもんだ……」
 「で,そのあと,命令がかわったってわけだね?」
 「命令はかわりやしないよ。 ところで,そこがたいへんなことなんで,ものもいえないってわけさ。星は一年ましに早く廻るっていうのに,命令はかわらないときてるんだからなあ」

 「すると?」と,王子さまがいいました。

 「すると,こうだよ。いまじゃ,この星のやつが,一分間にひとめぐりすることになってるんで、おれときたら,一秒も休めなくなったんだよ。一分間に一度,火をつけたり,消したりするんだからな」





あらら、なんだか現代の世界みたい・・・
昔もなんとなく時間がだんだん早まっていく感覚ってあったのかもしれない。


サン・テグジュペリが現代に来たら、地球も一分で一回転しているように 見えるのかしらね。


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スクラップブック(個人的メモ)

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1月1日 読売新聞別刷 より

謎かけの妙
寄稿 玄侑宗久

 我が臨済宗の一休和尚は、

「正月は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」

と詠った。つまり、事と次第によってめでたかったりめでたくなかったりするようなのだが、いったいどうすればめでたくなるのだろう。

 禅では時間による切り替えをとても重視する。たとえば掃除なども、やればキリがないのだが時間で切る。仕事が終わっていなくともお昼には打ち切って食事をする。日が沈めば何事も放り出して座禅する、という具合である。

 そう考えれば、大晦日から元旦という最大の区切りには、よほど大きな切り替えが求められることになる。いわばニューモードが採用されなければ、新年になった甲斐がないではないか。

 一生つきあう自分、あるいは心も、最終的にこれが答え、というふうにはならず、「心、不可得」と云われ、「把不住(つかまえきれない)」とも云われる。そんな自分とつきあいつづけるのだから、尚更このモードの切り替えが大切だろう。

 昔、華厳の滝に学生が飛び込み、「人生、不可解」という言葉が有名になったが、最近でも似たようなことから自殺する人々が多いのではないだろうか。敢えて言わせていただけば、そのような人はたぶん一つのモードに固着してしまい、新たなモードに切り替えられないのである。

 京都の妙心寺塔頭、退蔵院にある国宝の瓢鮎図は、じつは足利四代将軍義持が、この新たなモード(心様)を求めて画僧如拙に描かせたものだ。画風も先駆的だが、なにより斬新なのはこの絵のテーマそのものだ。ぬるぬるの鯰(=鮎)を、ころころの転載で押さえつけて捕まえよ、というのだが、それはまるで達磨さんが二祖影印に言った言葉のようだ。

 「不安だというなら、その心をここに将って来なさい」 

 しかし「ころころ対ぬるぬる」ではどうにも埓が明かず、捕まえられるはずもない。しかし捕まえきれない不可得でよく分からない心ではあっても、さてそれとどんなふうにつきあうのか。そのモード次第で人生はガラリと変わる。

あなた方は分からない心を抱えたまま、どんなふうに生きていくのか、というのがじつは義持公が如拙に託し、禅僧たちに問いかけた内容ではなかっただろうか。

 京都中の三十一人の禅僧たちが絵の上に讃という漢詩を寄せる形でそれに答えている。しかしその詳細についてはここでは触れない。じつは間もなく「妙心寺展」が国立博物館で開催され、そこにこの瓢鮎図も出品されるのである。是非とも現物でご覧頂き、現場で考えてみていただきたい。

 ただここで申し上げておきたいのは、そのようなニューモードを幾つ知っても、結局は不可解な人生や心に、向き合いつづける「覚悟」こそが問われるということだ。その覚悟がなければどんなにモードを変えてもそれは逃げになる。不可解を生きる覚悟ができたとき、初めてさまざまな人生態度が笑って楽しめるようになるだろう。

  「妙心」を普通の言葉で云えば「不可解で不思議で不可得な心」。あなたの心のことである。








プレジデント 2007年10.29号
作家 守屋 淳=文


『老子』は万人の迷いを晴らす「世界の法則」である

世界におこるすべての変化の源、すべての物事を成り立たせる力が「道」なのだ。

老子は、西欧においても大人気の古典だ。その事実を象徴する記録が、翻訳の数になる。

英語に訳された『老子』は実に40種を超え(当然ナンバーワン)、「聖書」よりも多い翻訳が揃う古典なのだ。
 そして、そんな『老子』の教えのなかでも、とりわけ西欧の哲学者やニュー・サイエンスの旗手に人気なのが、「道(タオ)」。この「道」とは、一言でいえば「世界の法則」といった概念に近い。

たとえば、ビッグバンや宇宙の膨張、身近なところでは、死んだセミの風化や放置したパンの腐乱まで、すべての現象は「道」の作用の結果にほかならない。
 つまり、世界におこるすべての変化の源、すべての物事を成り立たせる力が「道」なのだ。
『老子』ではこれを次のように説明する。

・これが「道」だと説明できるような「道」は、ほんものの「道」ではない。これが、「名」だと説明できるような「名」は、ほんものの「名」ではない。
 「道」、すなわち、「無」こそ万物の根源であり、そこから「有」、すなわち天地が生まれ、万物が生まれた。
 (道の道とすべきは、恒の道にあらず。名の名とすべきは、恒の名にあらず。無名は万物の始めなり。有名は万物の母なり)1章

なぜ、「道だと説明できるような道は、ほんものの道ではない」のか。ビッグバンやセミの風化といった事象は、「世界の法則」の1つではあるが、それがすべての法則を代表するわけではない。人の限られた知見では説明し尽くせないのが「世界の法則」、つまり「道」になる。

また、人は世界の法則の結果に触れることはできるが、法則自体を見ることも聞くこともできない。いわば「無」でしかない。だからこそ「名だと説明できない」という指摘になってくる。
 この「道」や「世界」という概念、実は現代を生きる我々にこそ役に立つ面を色濃く持っている。なぜなら、「道」や「世界」には、自分がオンリーワンの存在であることを人に再認識させる力があるからなのだ。

これを説明するのにうってつけの事例がある。それが2003年に発売され、250万枚以上売り上げた大ヒット曲、SMAPの「世界に一つだけの花」だ。
 この曲、君は君のままでオンリーワンだよ、と恋する人に歌いかける内容なのだが、確かにこの歌詞の通り、「世界」の中では、人や花、どんな生きとし生けるものも、他と同じ存在は1つとしてない。すべてが「道」の作用によって、オンリーワンの価値を与えられているのだ。

ところが、現実の「社会」になると、そうはいかない。人と人とが作り上げている学校や会社といった「社会」のなかで、人は多くの場合入れ替え可能な存在に過ぎない。自分が辞めても、後から補充が入ってくれば済んでしまう。しかもビジネスマンの場合、入れ替え可能な存在である限り、いくら努力しても賃金があがらないという現状まである。

そんな息苦しい「社会」に嫌気を感じてしまったとき、「世界」や「道」に触れることで人は気持ちの鬱屈をかなり解消できるのだ。なぜなら、何かの道具であることに価値を置く「社会」とは違って、ただ存在するだけで、かけがえのない価値を「道」の作用によって与えられている――それが「世界」だからだ。

ただし、「世界」でのオンリーワンに安住し過ぎてしまうと、人は「社会」で価値が低いままに終わってしまう。他に代え難い人材となるために、必死の努力を重ねないと、望ましい収入や生活は手に入らないのが「社会」の現実でもある。

「世界」と「社会」のオンリーワンの違いを意識することが、人が有意義に生きる第1歩となるのだ。


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禅 + TAO
ライフ・ワークバランスなんて軽っちいものじゃない
もっと大切な何かを思い出させてくれるもの

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ヤッターマンが実写映画化?

ヤッターマン.jpg

ヤッターマン でした。

ゼンダマンでやって欲しかったなー。
ゼンダマン、マイナーなのかなー。

主役より人気のあった悪役ドロンジョ 誰がやるのかしら
って、ドロンジョは仮面を付けてたから、誰でもいいのか・・・。

タイムボカンシリーズ、悪役で持っていたと思うのですが。



ヤッターマンウィキペディア より

ドロンボー一味
イカサマ商売で活動資金を得て泥棒家業を働く悪党にして義賊泥棒(自称)。3人揃って「ドロンボー一味」。 本放送の放映中は前作の『タイムボカン』のマージョ一味が改名したという設定だった。

ドロンジョ 声:小原乃梨子
ドロンボー一味のリーダー兼お色気担当。身長173cm。24歳。「ドロンジョ様」「ドロンコ」などの呼称を持ち、金銀宝石を愛するドロンボーの女ボス。本名はササッガワ・ヒロッコで、名前の元ネタは総監督の笹川ひろし。スタイル抜群で頭脳明晰な美女だが本シリーズ歴代女ボスの中でも最も特徴ある大きなフード型の仮面を被っており、素顔は序盤では、インチキ商売でしか見られず、2クール目以降(14話~)からはインチキ商売でも仮面を着用して素顔を見せなくなる(ただし95話のみ1クール目同様、インチキ商売に限り素顔を見せている)。フライドポテトが大好き。ドロンボーが解散になった際、ボヤッキーとトンズラーに「いい女は振り返らないもの」と涙ながらに語っていた。ネーミングモデルはフランスの女優で小原の持ち役でもあるミレーヌ・ドモンジョに由来。加えて、元々は忍者映画からの比喩で、泥棒はドロンと消失する如く逃亡することにも由来している。




ドロンジョって、ミレーヌ・ドモンジョのパロディだったの!?
結構裏があったのねー。
声優の小原乃梨子さん、好きです


ところで、タイムボカンシリーズのゼンダマンではどうかというと・・・



ゼンダマンウィキペディアより

アクダマン(アクダマトリオ)
ムージョ
声 - 小原乃梨子
お色気美女でアクダマンの女ボス。自称、世界一の美女。何かにつけて隣に住んでいるさくらと美しさで張り合い、トボッケーにいつも「どっちがいい女か」と質問を浴びせてうんざりさせている。美しさを維持するための努力を怠らず、スタイルもモデル並みに抜群だった。かぶり物や仮面姿だったこれまでの女ボスの容姿を大幅に改訂し、ヘアバンドのみの素顔で登場、衣装も歴代女ボス中最も露出度が高い。鉄ちゃんもムージョの色っぽさに赤くなってしまう程であり、その成果は悩ましポーズで発揮される。悩ましポーズの決め台詞がある。24歳。名前の由来は「無」+「女」若しくは『無情』より。

というわけなんです
小原乃梨子さん、声が色っぽくて好きです~


ムージョさま
わたしには似ても似つかないキャラクターであります   ひゅるるるる~

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元旦からすでに忙しかったりします

年賀状の制作.jpg

年末のあわただしさの中、『年賀状買わなくちゃ』と思いつつ、買いそびれていました。
毎年は12月の初旬に買ってしまうのに、すっかり忘れていたんですね。

午後、駅前のコンビニまで歩いて買いに行ってきました。

年賀状コーナーには最早インクジェット用年賀はがきは売り切れ、印刷された高ーい年賀しか無いように見えました。
ところがドッコイ、インクジェット用年賀はがきが売り切れていたのでして、フツーの年賀はがきはいくらでもありました。
印刷された高いはがきで枚数をそろえると、目の玉飛び出ちゃうくらいの値段になるので、フツーの年賀はがきを買いました。でも、これ、安く買えただけでもラッキーかも。

インクジェット用の年賀状って、やけに白っぽいんですよ、あれあまり好きじゃなかった。
そして、インクジェット用年賀はがきの無い時代からパソコン印刷年賀を作っていたむーじょは、旧来のはがきに印刷するのが、意外と得意だったしもします。

カンタンです。白黒ベースの水彩風な絵柄を選べばいいのれす。
ことしはとても地味めに、富士山です。(左下の束)
昔のお風呂屋さんの壁にかいてあるような絵ですネ。
ですから、はがきのマチュエールは多少粗面で、少し茶色いのがピッタリ

印刷してみたら、これまた、インクジェットはがきよりもいい感じに刷り上りました。
インクの乗りも、インクジェット紙と遜色ないです
そしてなによりなのは、最近の年賀はがきって、それほど茶色くないんですね。

プリンタはCanon Pixas Pro 9000
普段はA3図面を出力している染料系インクのプリンタです。
染料系とはいえ、普通印刷でもくっきり出ますし、「キレイ」を選ぶとカリカリにコントラストも付きます。

                

年賀状印刷、まるで仕事のようです。元旦印刷工場・・・

余裕を持って年賀状が書ける状況 (できれば宛名くらい手書きで) になりたいと
今時分になると毎年思っています。←今まで出来たことなかったから、たぶん無理かな

                 

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あけまして おめでとうございます 2009

 

年賀イラスト.jpg 

 

毎年想うのですが、新年の第1ページ目って、
書くことあまり無いなぁ。

思いつくことといったら、
「一年の計は 元旦にあり」

じぶんの今年一年の計画や目標を
初日に立てなさいよ ってこと。

今まで建ててきたのは、実際の行動計画や願望だったけど、
もうそろそろ「こころ」の計画を立てていかないと・・・

今年の計画 ←とっても大雑把

1、ダイエットする: カラダもモノも
2、(やりたいことは) 全部やってみる
3、今できることを すぐにする

ブログって便利なもので、いい加減に書いていても
ちゃんと正確な日にちがついているので、
過去の元旦に何を想っていたのか
わかって面白いですネ

そしてあまり変っていない自分にも驚いてたりして。

457

281 本年も308

529 よろしく315

435おねがいします513

 

274 378 372 373 374 377 376 367 376 379 366
あ~ そそられるな~

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